IQ70と診断されたときの話。そして精神科に行けなくなった理由。
テーマはタイトル通りである。私は現在たぶん精神疾患を患っていて、無職になっている。たぶん、というのは受診していないからだ。
正直「こんなブログ書いていないでさっさと予約してこいよ。精神科はどこも数ヶ月待ちがザラだぞ」などとお思いの方もいるだろう。私もそう思う。
しかしそう簡単には問屋が卸さないってのが人生だ。
私は精神科へ行くのがとても不安なのだ。
それにはあるきっかけがある。
実は私は以前精神科へかかっていたことがある。中学生のときだ。家庭環境や学校でのいじめ、勉強についていけないなどの問題を抱えた私は精神的な不調に悩まされ、また、少しでも家庭環境を良くする助けが欲しいと思い児童精神科の門を叩いた。
そこでは知能検査や性格検査などを受け、その後は睡眠薬を処方されるという感じだった。
問題は知能検査の結果である。
私のIQは70しかなかった。
正確な数字は忘れたが、総合的なIQ(DIQ)は70で間違いない。言語性(VIQ)が95とかで、動作性(PIQ)が60代だったと記憶している。
初回で色々と問診されたとき、どこまで話したかは定かでないが、家庭環境に加えて、学習障害かもしれないということは話した覚えがある。
というのも私は、計算能力が著しく低く、中学2年生当時で単純な足し算引き算にすら困難があるような状態だった。いや、これは今でも大して変わっていないのだが。それはまた別の機会に。
当時から心理学の本を読んでいた私は自分が発達障害の、中でもLD(学習障害)に該当するのではと思っていた。
そんなこんなで受けた知能検査(WISC-Ⅲ)だが、結果は先程書いた通りである。
私はこの結果を見て、苦しんだ。
知能検査はあまり世間では一般的ではないだろうが、巷の書店で売られている心理学の本にも(ある程度まともな本なら)知能検査の項目がわりと最初の方にあるのではないか。
私はそうした内容の本を読んでいたため、IQ70が意味するところを理解した。
すなわち、軽度知的障害、あるいは知的境界域(境界知能とも)であるということだ。
検査の結果を受けて、私は「自分は知的障害だったのか?」と悩んだ。
(もしこの文章を知的障害の方やそのご家族の方が見られていたら、きっと不快な思いをするだろう。ごめんなさい。これはあくまで私個人の感情の吐露です。)
私は人生がお先真っ暗になったような心境に陥った。
担当医は私に詳細を話さなかった。母から検査結果の紙をもらって、自分で見ただけだ。
紙はもうどこかへ行ってしまったので、群指数などの詳細はもう分からない。
当初疑っていた学習障害も、担当医からは診断されず(全般的な知能の遅れがあるとされたからだろう)、だからといって知的障害だとも言われなかった。
母も明確に知的障害とは言われなかったようだ(たしか母に訊いた覚えがある)。
何回目からの受診のとき、私は担当医に尋ねた。
「先生、IQ70って知的障害ってことですか?」
先生は答えた。
「う~ん、誰にでも得意不得意はあるからねぇ~」
詳しくは辛くて記憶が朧気だが、とにかくそんな感じのやりとりだった。
要領を得ない、そんな風に思ったことは覚えている。
私はそれからというもの自分は知的障害なんじゃないかという思いがこびりついて離れない。
もしまた精神科を受診するとなったらきっと知能検査を受けさせられる。そうでなくとも過去の受診歴を訊かれて、IQ70と判定されたことを話さなければならなくなる。
もしそこで知的障害と明確に診断されるようなことがあったら、どうしよう。
そんな思いがあって、受診したくてもできなくなってしまった。
知的障害は必ずしもIQだけで判断されるものはなく、生活能力を含めて総合的に判断されるらしい。
しかし今の自分は無職で、とても生活力があるとは言えない。
知的障害と診断されたらどうしよう。
やはり、受診できるのはまだ先のようだ。